本文へスキップ

政治を変える! 日本よい国!! 中村たかし

TEL. 090-8747-3929

〒 151-0066
渋谷区西原3-25-5 イクス302

中村崇の思いSERVICE&PRODUCTS

何故、私 中村 崇 は政治家を“志した”のか?

それは間違いなく父親の影響です。それは父親が政治家だったということではないんです。親族には誰も政治家なんていません。
私は昭和34(1959)年生まれですが、父は大正11年生まれの元大日本帝国海軍軍人です。
父は旧制の成城中学を卒業後、海軍飛行予科練習生(予科練)甲飛6期に進み、戦時中は零式水上観測機(れいしきすいじょうかんそくき:略称ゼロカン)に搭乗し、偵察任務に当たりました。

父は最前線のガダルカナル島にも参りました。戦艦武蔵にも乗艦しました。ラバウル基地にもおりました。レーダー開発で遅れをとっていた日本海軍において、偵察機の任務は極めて重要であり、絶対に撃ち落されるわけにはいきませんでした。だから父は生きて帰ってきて私はこの世に生を受けることが出来ました。甲飛6期250名、生きて帰ってきたのは40数名だったそうです。

私の母は昭和4年生まれ。当時は東京の現在の荒川区町屋に住んでおりました。
一日で10万人もの人が亡くなったあの昭和20年3月10日の東京大空襲で家を焼け出され、三河島まで命からがら避難して何とか命をつなぎました。翌朝、家に戻る道すがら、たくさんのたくさんの黒焦げの塊……を見て、それが遺体だと気が付くのにはしばらく時間がかかったそうです。
当時、母はまだ15歳、高等女学校に入ったものの最初から授業はなく、来る日も来る日も「勤労動員」で工場で働いていた日々でした。

私の両親は、共にいつ死んでもおかしくない……そんな状況でした。私がこの世に生を受けたことは奇跡の積み重ねであったと思います。

父は、自分が戦った戦争はどんなものであったのか……それを伝える手段として戦争に関するテレビを必ず子供たちに見せました。
上の二人の姉兄はあまり感じなかったのかも知れません…しかし私は世界を平和にするのは私しかいないと思い込んでしまいました。特に小学2年生のときに見た広島原爆の記録映像は私の心に衝撃を与えました。当時はまだケロイドのべろべろというのをそのまま映していました。もちろん白黒テレビですけれども、その悲惨さは私の心を揺り動かしました。
「俺が世界を平和にする。俺しかいない。だから政治家になる!!」それが政治を志した原点です。
 (まあ小学校二年生ですから、それがどんなに大変かとか考えるすべもなく、そう思えばそうなれると単純に信じていました……。)

以来、46年の時を経ても「日本をよい国にして、日本が世界を平和にするんだ!」という原点は全く変わりません!
もちろん口先で平和を唱えたって絶対に平和を勝ち取ることは出来ません。いざ何か事が起きれば、自らの命も惜しくない、必ず国を、家族を守る……それが日本人だと思っています。

しかし、近代ではいざ戦争になれば、まず若者が死にます。そして戦乱に巻き込まれ、多くの女性、子供、年寄が死んでいきます。
ところが指導者たちは、安全なところに身を潜め、口では勇ましく「やれ〜!行け〜!!突撃だ〜!!!」と叫んでいるのです。自分自身や自分の家族の安全は、しっかり確保して、その国の国民に犠牲を強いる……私の言っている表現に何か間違っているところはあるでしょうか? 近代の戦争の現実に対する表現としては1ミリのぶれもないと思います。
戦争にはいい戦争も悪い戦争もない……根本は「戦争なんか絶対にやっちゃいかん!」のです。

もちろん厳しい国際社会の現実があります。先ほど申し上げた通り、実際に武力で領土を奪い、国土を犯す勢力が、現実に地球上に存在している以上は、口先で平和を唱えたって絶対に平和を勝ち取ることは出来ないのです。
ですから、「自分の国は自分で守る!」という当たり前の準備は絶対にしなければなりません。絶対に!
しかし……最後の最後、「戦争なんかやっちゃいかん!」のです! そこを本気でとらえているのか? そこをしっかりと踏まえているのか、そんなこと考えもしないで、上から目線で物を言っているのか……私たち国民が政治家を選ぶ条件の重要な要素の一つとして、そこは本気で見極める努力をしていかなかればならないと私は強く思います。

「戦争体験」をしっかりと未来に継承し、国民の覚悟を醸成していく……これは私のライフワークです。
しかし……昭和34年生まれの私の同級生世代ですら両親が強烈な戦争体験をしている人はクラスでも数えるほどしかいませんでした。
(父親が戦地に行ったというのは私だけだったかも知れません。私は父が当時としては結婚が遅く、しかも3番目の子供でしたから)
ましてや戦後生まれの方に育てられた今の若い人たちに、どのように戦争というものを伝えて行ったらいいのか……

「滅び行く日本を守るために自らの命を捨てた若者たちがいたこと」忘れてはいけないんです。その人たちの思いを受け継いで、後世を生きる我々が立派に日本を再興させる責任があるのです。この「思い」を子孫に永久に伝えていかなければならないんです。
いざとなれば私は戦います。私は特攻するでしょう。しかし、その「いざ」にならないようにするのが政治の役割なんです。日本にちょっかいを出したら痛い目にあうという準備をしなければならない。
私は政治家の心構えを問いたい。あなたに人の命を左右する資格があるのかと。まずは一番最初に死ぬ覚悟はあるのかと。
自らの国は自ら守る。その覚悟と準備を整え、世界平和の実現のために堂々と働く。この思いを次代を担う方々に伝えて行くことが重要であり、それこそが我々の使命なのではないでしょうか?





ナビゲーション




バナースペース

中村崇の日本元氣宣言

〒151-0066
渋谷区西原3-25-5 イクス302

TEL 090-8747-3929